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新潟地方裁判所 昭和57年(ワ)84号 判決

原告 甲野太郎

右訴訟代理人弁護士 渡辺昇三

同 清野春彦

同 坂東克彦

同 中村洋二郎

同 中村周而

同 足立定夫

同 高橋勝

同 味岡申宰

同 鈴木俊

同 平沢啓吉

同 川村正敏

同 小海要吉

同 今井誠

同 和田光弘

同 鈴木勝紀

同 石田芳博

同 馬場泰

同 近藤正道

同 高島民雄

同 大倉強

同 砂田徹也

同 藤田善六

同 高野泰夫

被告 メモリークレジット株式会社

右代表者代表取締役 巻口清一

主文

一  被告は、原告に対し、金一三万円及びこれに対する昭和五七年二月二三日から支払済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  この判決は第一項につき仮に執行することができる。

事実

一  請求の趣旨

1  被告は原告に対し金三三万円及びこれに対する昭和五七年二月二三日から支払済に至るまで、年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行宣言。

二  請求の原因

1  原告は、かねてより住所地の新潟市営住宅○○号に長女甲野春子、三女同秋子らとともに居住しており、一方、被告は石田某を雇用し、いわゆるサラ金業を営む会社である。

2  右春子は、昭和五六年五月三一日被告から金三〇万円を利息日歩二〇銭・弁済期間同五九年五月三一日の約定で借り受け、同五六年六月二九日金三万八、〇〇〇円、同年七月二八日金一万七、三六〇円、同年八月二八日金三万七、三六〇円、同年九月三〇日金二万円、同年一〇月二七日金二万円の合計金一三万二、七二〇円を支払って来たものであるところ、同年一一月末日限り支払うべき割賦金の支払を遅滞した。

3  右春子の窮状を知った原告は、同年一二月二日頃被告から電話で支払催告があった際、同月二八日迄年金が原告に支給されるので、これが支給されたときは、右春子に代り残金を一括弁済するので、それまでの間弁済の猶予を願いたい旨懇請したところ断わられたものである。

4  しかるところ、被告従業員石田某は、右春子から実力で貸金残金等を取立てようと企て、同年一二月七日、「甲野殿、借りた金は返済して下さい。大変困っています。メモリークレジット」と大書した縦二六センチメートル、横一七センチメートルの赤枠紙片の裏面全面に糊様の接着剤を塗つけて、これを原告方玄関ドア正面に貼りつけ、原告が帰宅するまで少なくとも数時間は公衆の目に晒されるところとなった。

5  ところで、原告方玄関先の道路は、市営住宅に居住する多数の者が通行するものであるところ、原告は右貼紙により、周辺の人々からあたかもサラ金への支払に窮しているものと誤解を受け、近隣の人々とも疎遠となり、また右秋子は恥かしさのあまり二日も帰宅しなかった程で、原告の受けた精神的損害は極めて大なるものがある。

6  被告は、石田某を雇用し、もっぱら債権取立に専念させているものであるところ、右貼紙は、予め赤枠の用紙を用意し、かつ公衆の目にふれるよう故意に玄関ドア正面に貼付するなど他に例を見ない悪質なもので、かような借りた者の弱身につけ込んだ卑劣な行為は到底許されるべきものではなく、右行為により蒙った原告の精神的損害を慰藉するには金三〇万円をもってしても償いきれるものではない。

7  右貼紙は、被告が右石田をもっぱら取立に専従させ、また予め用紙を用意していることからすると、右行為は被告の容認するところと思料され、仮にそうでなかったとしても、サラ金の取立を巡り借主の自殺・蒸発・離婚等々の事件がマスコミで連日のように報道され、大きな社会問題となっていることが周知の事実であることから、これを最も良く知る立場にあった被告は右石田に対し、本件貼紙はもとより、借主の平穏な生活を害し、かような事件を惹起することのない様指導、監督すべき注意義務があるにも拘らずこれを怠り、右石田をして本件をなさしめたものであるから、被告には重大な過失があるものといわねばならない。

8  原告は、原告代理人らに本件提訴を委任し、昭和五七年一月二二日代表弁護士渡辺昇三に金二万円を本件着手金として支払い、第一審判決言渡時に報酬として金一万円を支払う旨約した。

9  よって、原告は被告に対し、金三三万円とこれに対する本訴状送達の日の翌日である昭和五七年二月二三日から支払済に至るまで年五分の割合による金員の支払を求める。

三  被告は、本件口頭弁論期日に出頭しないし、答弁書その他の準備書面を提出しない。

四  証拠《省略》

理由

一  《証拠省略》を総合すれば、原告主張の各事実を認めることができる。

1  右認定した事実によれば、被告は、いわゆるサラ金業を営む会社であって、原告の長女春子に対して貸金債権を有していたところ、右春子が被告に対し昭和五六年一一月末日限り支払うべき割賦金の支払を遅滞したので、従業員の石田某が右債権の回収をはかる目的で同年一二月七日、「甲野殿、借りた金は返済して下さい。大変困っています。メモリークレジット」と大書した縦二六センチメートル、横一七センチメートルの赤枠紙片の裏面全面に糊様の接着剤をつけて、これを原告方の玄関ドア正面に貼りつけ、原告が帰宅するまで数時間公衆の目に晒したというのであるから、右石田の行為は、民法七一五条一項の被告の「事業ノ執行ニ付キ」なされたものと解するのが相当である。

ところで右石田の行為は、正当な貸金債権の回収をはかる目的でしたものとはいえ、右認定した事実によれば、原告方玄関先の道路は、市営住宅に居住する多数の者が通行するところであるから、右貼紙をすることは、原告とその家族の正当に保護されるべき平穏な生活を不法に侵害するものであり、債権回収の方法として許されるべき範囲を逸脱した違法な行為であるから、被告は、右石田の使用者として民法七一五条一項によりこれによって原告が受けた損害を賠償する責任がある。

2  そこで原告の受けた損害について検討する。

右認定した事実によれば、原告の三女秋子は、右貼紙をされたことにより恥かしさのあまり二日も帰宅しなかったこともあり、原告自身も右貼紙により、周辺の人々からあたかもサラ金への支払に窮しているものと誤解を受け、近隣の人々とも疎遠となるなど精神的苦痛は大きかったというのであるから、原告の受けた精神的苦痛を償うべき慰藉料の額は、金一〇万円と認めるのが相当である。

右認定した事実によれば、原告は、原告代理人らに本訴提起を委任し、着手金として金二万円を支払い、第一審判決言渡時に報酬として金一万円を支払うことを約したというのであるから、被告の右不法行為と相当因果関係のある弁護士費用としては、金三万円が相当である。

二  以上によれば、原告の本訴請求は、金一三万円及びこれに対する本訴状が被告に送達された日の翌日である昭和五七年二月二三日から支払済に至るまで年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度において理由があるからこれを認容し、その余は失当であるからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条但書を、仮執行の宣言につき同法一九六条をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 清水信雄)

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